「極限脱出 9時間9人9の扉」

チュンソフトサウンドノベル+脱出ゲームのサスペンス。1週目が終わりました。

ノベルゲームとしてはほどほどのテキスト量、演出、小ネタでさくさく読めます。脱出ゲーム部分は、同行者からの豊富なヒントで行き詰まることはなく、良くも悪くもスムーズです。ノベル主体で、脱出部分はミニゲーム扱いなのかも知れません。(まあ、ネットでよくある程度の難易度だと、私なんかは投げてしまいますし)

ゲーム内の真相はまだ闇の中ですが、個人的な趣味として【アイスナイン】などの小ネタについて、調べた範囲で事実関係を書いておきます。ネタバレにはならない……はずです。

【アイスナイン】

ゲーム内ではタイタニック号の沈没に絡めて、茜(紫)が言及していた。

元ネタはカート・ヴォネガットのSF小説『猫のゆりかご』(Cat's Cradle)に出てくる架空の物質。常温常圧で凝固する特殊な水(H2O)とされる。まあ、勝手に凍るだけなら別にどうってことは無いのだけど、普通の水に触れるとその特殊な性質が伝播するというから問題になる。つまりヒトが触れれば一瞬で凍り、もし海にでも落ちようものなら……。ボコノン教など作者一流の諧謔に満ちてる愉快な小説なので暇があったら御一読を。

【アモン・ラー神殿の王女のミイラ】

タイタニックが沈没した原因……と言われるものの一つ。茜(紫)が言及。ゲーム内ではアイスナインに触れたかのように「生きているかのように凍りついたミイラ」であったと語られている。

水分・脂肪分を合成樹脂に置き換えたプラスティネーション標本というのはあるが、これに類することを数千年前にできていたなら必ず記録に残るはず。というわけで、この部分はたぶん創作(後でストーリーに絡むのかも知れない)。

さらに「アモン・ラー神殿の女官のミイラ」と呼ばれるものは実際に大英博物館にあるが、これそのものはタイタニックとは関係していない。「女王のミイラ」はタイタニック号で運搬中に沈み、後に引き上げられて2001年頃まで大英博物館にあったと まことしやかに書いた本もあるが、特に記録も証拠もない。

【ウィリアム・トーマス・ステッド】

茜(紫)が言及。自動書記によってタイタニックの沈没を予言した、とのこと。未来の自分自身を降霊(?)して書いたのだとビリーバーは言う。

実際には、大型客船に十分な数の救命ボートを乗せない、当時の風潮を批判する記事&小説を書いていただけ。本人が「予言」と言っていたかは不明。降霊術や自動書記を売りにしていた人であり、しかもタイタニックに乗船して死んでいることから尾ひれが付いたのだと思う。

ちなみに、乗客全員分の救命ボートを乗せなかったのは、大型客船が急速に沈むなんてことは有り得ないと思われていたから。タイタニックの場合はデッキの美観を損ねることを理由に、1100人分しかボートが無かった。

ガンツフェルト法】

超心理学において行われる、テレパシー実験。ゲーム中では四葉が言及。

ガンツフェルトとは「全体野」を意味する。被験者の全感覚を遮断した状態で、他からのメッセージを受け取れるかどうかを試す。さんざん行われてきたはずだが、未だに超常の結果を残した者は居ない。

【ギガント号】

戦時中に病院船として使われたタイタニックの姉妹船。船内に病室があったことから主人公たちが乗っているのはそのギガント号ではないかと、ゲーム中でセブンが言及。

タイタニックと同型の姉妹船ジャイガンティック (Gigantic) 号は、実際に病院船として用いられた。しかしタイタニック沈没を受けて大幅に改装した際に、ブリタニックと改名されている。わざわざ古い名前で呼ぶことに意味があるのか……。

またゲーム中でセブンが「ギガント号は座礁後にイギリスの大富豪に買い取られた」と言うが、実際には機雷によって沈没している。セブンが嘘を吐いたのか、ゲーム内での設定なのかは不明。

【CAS冷凍】

セルアライブシステム冷凍(Cells Alive System冷凍、CAS冷凍)。ゲーム中では一宮が言及。

−40度の過冷却状態から一気に凍結させることで、水分の氷結晶化を防ぐ。それによって細胞膜を破壊せずに凍らせることができる。ほとんど劣化無しに生魚などを保存できるほか、生体移植用の冷凍保存なども既に実用化済み。

コールドスリープもいつかは……。

グリセリン

形態形成場仮説に絡めて、茜(紫)が言及。
爆薬ニトログリセリンの原料として有名なグリセリンは、どう努力しても結晶化(crystallization)できなかった。しかしあるとき偶然に結晶ができると、その後は世界中でグリセリンが結晶化しはじめた。アイスナインみたく現象が伝播したんだ! という話(シンクロニシティとしてバキでも言ってたな)。

実際には「グリセリンの結晶化のコツ」を発見したというだけの話。そりゃあコツが分かれば、世界中で結晶化させられるわな。それでも運搬中、偶然に結晶化したのは事実らしい。詳しくは kikulog:グリセリンの結晶 をどうぞ。「百匹目の猿」と同様に、ライアル・ワトスンによる創作と思われる。

【ゴルダイン】

セブンが言及。

サー・デュエフ・ゴルダインはイギリスの大富豪で、沈没したタイタニックの生き残り。タイタニック関係の遺物を集めていて、ついにはタイタニックの姉妹船であるギガント号を買い取った。ゲーム内における事実なのか、あるいはセブンの嘘なのか……。

実際にこのゴルダイン卿、あるいはそのモデルが居るのかどうかは不明。

【酒石酸エチレンジアミン

「しゅせきさん」はブドウやワインに多く含まれる有機物。それゆえに酒石酸。ゲーム中ではセブンが言及。

あまり知られていないが「酒石酸エチレンジアミン」は、シェルドレイクが形態形成場仮説の一例として挙げたもの。「百匹目の猿現象」と「グリセリンの結晶化」と同様に、ある一つの結果が空間を越えて世界中に伝播したというのだ。

実際は「適当な結晶種が無いうちには誰も知らない結晶が存在しうる」という話を「証拠になる話かもしれない」とシェルドレイクが引用ただけだ。彼自身はそれほど強く推していないが、幾人かのビリーバーはさも強力な証拠であるように取り上げる。

詳しくは「忘却からの帰還: 酒石酸とグリセリンと猿のリナージュ (2/7) "見捨てられた"酒石酸エチレンジアミン」をお読みいただければ幸いだ。原典に当たって丁寧に解説している。

【シールドレイク】

形態形成場仮説を提唱したイギリスの生化学者として八代が言及。
実際に、ルパート・シェルドレイク(en:Rupert Sheldrake)という人物が居て、形態形成場仮説を提唱している(「シールドレイク」としたのは誤記か、検索されるのを防ぐためか)。

形態形成場(モルフォジェネティク・フィールド)仮説は、「百匹目の猿」とか「グリセリンの結晶化」といっしょに語られることが多い。簡単に言うと、A地点で起きたことは「空間を越えて」B地点にも影響を及ぼすという仮説(時間を超えて影響するかは分からない)。

この仮説を使えば、普通では結びつけようのない原因と結果を無限に増産できる。テレパシーや呪いの説明でもいいし、祈れば世界は平和になるとか、新人類の目覚めが宇宙を変えるとか、言いたい放題だ。物理学では否定される遠隔作用だと言いたいのか、未知の原理による近接作用であると言いたいのか、その辺も不明。たぶん言いたいことさえ言えれば、厳密な話はどうでもいいんだろう。

形態形成場仮説はゲーム中に何度も出てくる……。

【相貌失認】

人間の顔が識別できいない症例。先天的なものもあれば、後天的なものもある。ゲーム中では八代が言及。

知っている顔であってもなかなか描けないように、わずかの違いでもって数百パターンの顔を弁別できるのはヒトの脳機能である。ただし声や服装、匂いなど手がかりは他にいくらでもあるため、日常生活で困ることはそれほど無いと思われる。

八代がいきなりこのことを話し出した理由は不明。

タイタニック号】

不沈と言われた豪華客船。実際には処女航海で沈没。乗船者2200人のうち700人しか助からず、史上最大の海難事故として有名である。主人公らが乗っていると思われる豪華客船は、この船のレプリカであるらしい(窓は全て打ち付けられていて外の景色が見えないため、壮大なペテンかも知れないが)。

ほぼ同型の姉妹船としてオリンピック、ブリタニックがある。沈んだタイタニックは実はオリンピック号とすり替えられていたと主張する人もいるが、ほとんど証拠はない。

【テレビ隠し絵実験】

正式名称は不明。ゲーム中で八代が言及した、とある英国のテレビ局が行ったというシェルドレイクの実験。

抽象画にしか見えない隠し絵を用意して、テレビでその正解を放映する。その前後で、英国のテレビ番組などは見ようのない地域を含めて、隠し絵がなんなのか当ててもらったというのだ。2000人を対象としたこの実験では、テレビで放映した隠し絵の正解率が上がった。空間を越えた情報の伝達が行われたのだ……!

これもまたビリーバーの言。実は規模を大きくして6000人を対象に再実験してみたら、結果に有意差はなかった。シェルドレイク自身もそれを認めている。しかし彼を信奉する者たちは規模の小さい予備実験での「うまくいったように見える結果」のみを取り上げるのだ。

詳しくは「忘却からの帰還: 酒石酸とグリセリンと猿のリナージュ (6/7) 「テレビ隠し絵」の変種」を参照されたい。出題された隠し絵へのリンクもある。

【ノナリー】

「Nonary:英」……名詞としては「9進法で表された数」。形容詞としては「9個から成る」「9進法の」。主催者ゼロによれば、主人公たちは「ノナリーゲーム」に参加しているらしい。その名にふさわしく、随所に【9】が現れる。

あまり関係ないが、面白かったので他の進法も書いておく。2進法(Binary)、3進法(Ternary)、4進法(Quaternary)、5進法(Quinary)、6進法(Senary)、7進法(Septenary)、8進法(Octal)、9進法(Nonary)、10進法(Decimal)、11進法(Undecimal)、12進法(Duodecimal)、13進法(Base 13)、16進法(Hexadecimal)、20進法(Vigesimal)。

【フューティリティ】

「Futility」は無益、徒労、あるいは愚行の意。タイタニックの沈没を予言した小説として、茜(紫)が言及。

実際に海洋冒険作家モーガン・ロバートソンの中編小説がある。ゲーム中で主人公が言っていたように、売れない作家だったモーガンタイタニック沈没を聞いて、14年前の過去作を改訂したもの。豪華客船が氷山にぶつかって沈没するという作品の詳細を、タイタニックに合わせて書き換えたのだ。

そして『フューティリティ』という題名だったのを『フューティリティ、もしくは、タイタン号の遭難( Futility, or The Wreck of the Titan. )』と改題した結果、大ベストセラー。彼の読みは正しかった。

【マッケイ・ベネット号】

「女王のミイラ」を回収した船として、ゲーム中で茜(紫)が言及。

タイタニック号の沈没後、遺体や遺品を回収した船。1週間かけて306体の遺体を収容した。実在する。

【四つ葉のクローバー

発生率1/10000とも言われるクローバーの畸形。四つ葉のリーフワードは希望・誠実・愛情・幸運。サンタが「四つ葉のクローバーのしおり」を渡すときに言及。

ちなみにサンタはこれが大嫌いらしい……。

【ラットにおける獲得形質の遺伝と伝播】

サンタが言及。

ざっくり言うと、あるラットに迷路を解かせまくったら、その性質が遺伝したという話。しかも全く別の場所でも、その迷路は解かれやすくなっていた、というお決まりの形態形成場仮説。

妖怪ハンターセカンド がよくまとまっている。獲得形質が遺伝(そして伝播!)したという話は聞かないので、なにかしら瑕疵があるのだろう(憶測による中傷)。

【ロックの靴下】

ロックの靴下(Locke's socks)は、テセウスの船(Ship of Theseus)と並ぶ「同一性のパラドックス」。ゲーム中で四葉が言及。

お気に入りの靴下がひとつあったとする。恋人のくれた お気に入りの靴下があったとする。あなたは実用の人で、それを日常的に使い込む。さて、靴下には穴が空く。あなたは お気に入りの靴下に継ぎ当てをする。またしばらく履く。穴が空く。継ぎ当てをする。これを繰り返してついに元の生地が無くなったとき、それはまだ恋人のくれた靴下か。

四葉はこの譬えで何を言いたかったのか……。