「ニワに小さな工場あり」

○「Cock A Doodle Doo! コケコッコー!」

■「マルオくん、おはよう。元気なあいさつをありがとう。」

○「もう日も変わろうかって時間だけどね!」

■「しーっ。それは言わないお約束だよ。」

○「ふーん……。ところで、お兄さん。同じニワトリの鳴き声を聴いてるのに、違う風に言語化するのって不思議じゃない?」

■「そうだねえ(台本にないんだけど……)。記号論では、ひと繋がりの音をバラして意味を与えることを『分節化』と言うけれど、使う言語が違うと『音の分け方』とか『意味の与え方』も違うってことだろうね。」
○「ふーん、分節化……。そうすると受けるイメージだとか、汲み取るメッセージも変わるのかなー。」

■「うん。音楽で言えば、ヘヴィメタルが騒音にしか聞こえないという人がいるし、クラシックなんて眠くて仕方ないという人もいるよね。人間ってのは認知や認識のレベルで、文化の壁・言語の壁があるものなんだよ。」

○「生きる時代や場所が変われば、世界を解釈するための記号そのものが違う……。わかり合うって難しいことだね、お兄さん!」

■「まったくもって、そうだねえ……。ってなんだか、しんみりしちゃったよ。気分を変えて、今日は家禽の話をするよ。」

○「カキン?」

■「家の禽(とり)。つまりは家畜化された鳥類……普通はニワトリののことだね。」

○「てーことは野禽もいるんだっ。」

■「そう。ニワトリは脊椎動物門−鳥類綱−鶉鶏目−雉鶏科−鶏属−鶏。ウズラやキジの仲間ってことだね。紀元前5000年には中国やインドで飼われてたっていうからすごい話だ。今では肉用・卵用・闘鶏用として世界中に広がっているよ。」

○「ふっふーん。そういえば、お兄さん。卵って栄養の塊だけれど、そんなのをぽこぽこ産んでニワトリは平気なの?」

■「お、いいこと言うねえ。卵ってのは『命の素』。作るのはかなり大変だ。いっぱい産んだなら、それだけ消耗することになる。ニワトリの場合は餌を山ほど与えられてどうにか、ってところかな。」

○「いっぱい食べて、いっぱい働く。命を削ってるなあ。」

■「ほんとそうなんだよね……。ところで、鳥にせよ人にせよ虫にせよ、だいたいの動物は卵を定期的かつ自動的に作っておくのが普通だ。」

○「ヒトでも毎月の排卵があるもんね。……あ、そうかあれは暖めても孵らない無精卵なんだ。鳥獣虫人、みな孵らぬ卵を産むものなんだねえ。」

■「そうだね。動物のメスはみな、排卵するとき丁度良くオスに出会ってれば有精卵を、出会わなければ無精卵を産むことになる。」

○「準備がチャンスと出会ったときにしか、色んなものは産まれない……。」

■「誰にも未来は分からないから、定期的に準備しておく。それはけして無駄なことじゃない。」

○「短く持ってコツコツ当てるのが商いの秘訣! 掘った落とし穴には、いつか誰かが落ちてくれる!」

■「う、うん。まあそういう話でもあるよね。」

○「そういえば、人間なら28日周期で排卵するけど、ニワトリってどのくらいの間隔で産んでるの?」

■「鳥類は一個の卵を作るのに、だいたい24時間くらいかかる。そんな短時間に黄身を作り、白身をかぶせて、薄皮・卵殻で包むんだから、大したもんだよね。で、年に何回か6〜10個くらいをぽこぽこ産んで育てるって訳。」

○「哺乳類は胎盤が要るから、もっと間隔が長いんだね。……あ、それならニワトリが頑張れば、年に365個も産めるっていうこと?」

■「そうだね。ギネスにも載ってる日本のあるニワトリは、実際にそれをやってみせた。ちなみに、いま日本でもっとも多く飼われているのがホワイトレグホンで、年に280個ほど卵を産むよ。」

○「どっひゃー! ってことは土日を休んで、あとは毎日……!」

■「さすがにちょっと産みすぎだよね。野生種だと年に50個ぐらいが良いところ。もうほとんど別種みたいなところまで品種改良されている。」

○「改造人間並の高性能さだなー。」

■「ちなみに採卵用ニワトリは1億8千万羽くらい飼われてるから、一日に1億2千万個の卵を産む計算。一人一個は食べてるんだね。」

○「どんだけ好きなんだ……!」

■「ところで、卵をいっぱい産ませる工夫のひとつに、就巣性の利用がある。」

○「巣に就く性質……。」

■「つまりは卵を暖めようとする本能だね。鳥は卵を産める状態であっても、目の前に卵があるとそれ以上は産まなくなる。」

○「するってーと、産んだ卵さえ取り除けば……。」

■「体力の許す限り、延々と産み続ける。」

○「まさしく鳥頭!」

■「ホワイトレグホンに至ってはDNAレベルで就巣性が取り除かれてて、産んだ卵もほったらかし。下手すると自分で食べちゃう。」

○「もう野生では生きられないね……。」

■「まったくね。他の家畜や農作物もそうだけど、何千年もかけて品種改良という名の改造をほどこされた結果だよ。」

○「人間の限りない欲望に応える家畜たち、かぁ。養鶏場なんてもう、雑穀からタンパク質を作りだす工場じゃないか。」

■「人類の繁栄の一翼を、ニワトリたちは確かに担っているよね。」

○「口蹄疫鳥インフルが怖がられる訳だな―。」

■「……というあたりで、今日はおしまいにしておこう。ちょっと熱が入りすぎちゃったね。」

○「読んでくれた人はありがとう。まった来週ね―!」