「触れれば響く、この世界」

吸い付くような

今日は『指紋』の話。

指紋というのは霊長類(サルとかヒト)と、カンガルー、ネズミのみが持つもの……。ただまあ、イヌやイヌを飼ってる人はご存じでしょうが、肉球にだって指紋(的なもの)はありますし機能も同じです。おそらく長い『指』を備えた動物のみが『指紋』を持つ、と定義しているのでしょう。

さてさて、この微細な凹凸……皮膚隆線はなんの役に立っているか分かりますか。

まず、指紋の役割その1は「滑り止め」です。指紋はどうして盛り上がっているか。その構造に秘密があります。皮膚表面を拡大してみると……ほーら、このとおり。盛り上がった隆線にぽつぽつと穴が空いているのが見えますね。実はこれ、汗腺です。

指紋拡大

モグラの穴みたいな汗腺。その縁が連なって指紋の凸部分ができている。で、ここから少しずつ出る汗こそが、指先をしっとりと柔らかく保つグリップ力の源であります。なめらかに潤った「吸い付く肌」を作るための仕掛けが、指紋になっているのですね。

この200ミクロンの細やかな襞が常にしなやかであることは、役割その2にも大いに関係してきます。

さて、指紋の役割その2はアンプ、つまりは「増幅器」です。私たちの肌にはまばらに感覚点が散らばっていて、物に触れるときはこれらの「点」でもって感じ取っています。たとえば手の甲をチクチク刺してみると、痛いところと痛くないところがあるのを実感できるでしょう。

ただし、指で肌理(きめ)を感じるというのは、さらに微細な話になります。なにせ、ざらざらやツルツルといった手触りは、【点】で感じ取れるものではありません。【面】で触れ、さらに擦ってみて初めて分かるものです。

ちょうどブラシでごしごし擦るようなもので、「出っ張った指紋」で物体表面の凹凸を撫で、そのときに生じる振動で私たちは「手触り」を感じ取っています。櫛の歯を撫でたときにピンピン音がする、あのイメージで。

つまり、指紋はネコのヒゲみたいなものです。この出っ張りの先端が触れて生じる揺れ、これが根本の感覚器で捕まえられる……。指紋の一本一本が吸い付き、また剥がれ、あるいは弾かれて生じる10Hzの振動感覚こそが、ざらざらとかスベスベという「肌触り」に他なりません。

私たちは音色の感じ、振動の種類から「表面の質感」を連想している……。すなわち、ある種の「電磁波」が網膜で感じ取られて「色」に変換されるように、指紋で生じた「振動」が指先の感覚点によって「質感(テクスチャ)」に変換されるんですね。これは視覚と触覚とを摺り合わせた学習の産物であり、「肌で考えて」いるとも言えます。

別のたとえをすれば、私たちは「肌で聴いて」いる訳です。掌をごしごし擦り合わせれば音がする……もっと微細でゆっくりした動きでも同じこと。物と物とが触れあってする「響き」が肌に染み込むとき、私たちは触感を得ます。面の状態を「振動」に変換し、それを増幅・伝達する役割が指紋にはある。

肌で聞き、肌で考える……。触れるというのもなかなかどうして奥深い世界でしょう。それでは今日はこの辺で。また来週、会いましょう!

■参考文献

  1. 前野隆司 『ヒト指紋形状の力学的意味』(2005)
  2. 小原二三夫 『第2回 触って知るとは:触運動知覚の基礎』(2003)
  3. 篠田裕之 『皮膚の力学的構造に隠れている知能』(2002)